FREE HAND(フリーハンド)は、オイルレザーを中心とした本革のクラフトマンズショップです。バッグ(鞄)革小物レザーウェアなどをオリジナル製作(手作り)、販売しています。

                    
 「日本人にホンモノの革の良さを知って欲しい。」

この思いからヨーロッパのクラフトマンズ・ショップを日本で実現しようとフリーハンドを設立。

日本人の99%は革という素材をよく知らない。

だから、海外有名ブランドのビニールのバッグに多くの女性が数十万円の大金をかける。 結局は、プライスを見て判断しているのではないでしょうか。5,900円なら合皮、39,000円ならホンモノの革だろうと・・・。

自動車メーカー勤務時代にヨーロッパに長期滞在
日本人観光客がブランドバッグをいくつも買いあさる様子を、現地の人々は、「私達にはとても信じられない。」と首をかしげた。
挙げ句の果てには、「日本には石油化学製品がないんじゃないか」と疑われる始末。ヨーロッパの人達にとっての最高級品はやはり革なのです。

「世界で一番いいバッグを作るのは、東京のフリーハンドだ」
と、いつか言われるのが私達の夢。
だから、我々の技術と情熱の結集ともいえる新作を、儲け度外視のギリギリの価格で提供しています。 とにかく、ホンモノのかばんの良さを知ってもらいたいからです。

そんな信念を貫き、気が付くと30年。私達の顧客名簿には、全国各地20,000人以上ものリピーターのお客様がお名前を連ね、フリーハンドで買い物する為に地方から上京するお客様もいらっしゃいます。それぞれのお客様がホンモノの革に愛着を持ち、フリーハンドの革製品を毎日使い続けてくれる。

それが、私達の財産です。

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※コラム『昨日のつづき』

※メンテナンスシリーズ

※過去のメディア掲載
・・・「狼」は人間による餌付けが出来ないといいます。
捕獲された彼らは肉を目の前にしても餓死を選ぶものが少なく無いそうです。
私達フリーハンドはアトリエを開いた時に
<利益>を求めた作品づくりをしないようにと、「狼」シンボルマークにしました。

─オイルレザーを復元する─ 「FHのオイルレザー誕生のストーリー」
 〜※コラム『昨日のつづき』から
(このお話をより楽しんでいただくため、『 ─タンニン鞣しの発見─  ─オイルレザーの発明─  ─日本人とオイルレザー─ 』をお読みになる事をお勧めします。)
 1974年、欧州雑貨輸入卸商社として創業した我々は、ルイヴィトンやグッチ等の
並行輸入で利益と実績を上げながら内心は釈然としない思いを抱いていた。
生活道具として堅牢に作られた鞄が数世代に渡って使われ続けている事実と、
そのアンティークに色変わりしツヤ光りした革の美しさをヨーロッパで見てきた我等が
塩化ビニール製や布製のBAGを有難がって買い漁る軽薄な女達との間に立って
儲けるだけの為に大好きなヨーロッパと、それよりも愛して止まない日本との間に
誤解と偏見を助長しているのだとの思いが払拭出来なかったからだ。

  ──ヨーロッパのオイルレザーと、その革文化を日本に紹介したい──
そんな思いはいつでも持っていた。 しかし、オイルレザーのBagを輸入し百貨店に
置いてもらったが全く売れない。 ブランド名が知られていないからだった。
オイルを含んだ革だからこそ、ゴム糊もボンドも使えず、必然ハンドメイドによる
少量生産を強いられ、その寡産ゆえに高額になり、寡産ゆえに流通に乗れず、
広告宣伝とは無縁のブランドだった。
 国産化出来ないだろうか?  そんな考えが浮かんだ。
JETRO(日本貿易振興会)へ行き、皮革工業会や鞄工業会のリストをもらい
一軒一軒尋ねていった。  愕然とした。  前号までの記述の様に旧日本軍用の
革を作っていた職人達は、敗戦から三十数年、既に60代〜70代で現場からは
引退し、後継であるべき現役の職人達はオイルレザーの名さえ知らなかった。
 原皮問屋をまわると、何処にでもオイルレザーと称するものは存在した。
しかし内実は、ヌメ革に加脂したものは良い方で、染色等の際に樹脂やラッカーや
溶剤を塗布して、しっとりさせてみたりベトベトさせてみたり、更にはクロームと
タンニンのコンビオイルと言うものや、ロウ質を溶かしいれたもの等、
例外なくマガイモノであった。
1974 欧州雑貨輸入卸商社として創業
時計・革製品を含む衣料う雑貨・アクセサリー・鞄を主に扱い営業する
1977 直営のアトリエ開設
革製品国産化を図り、原宿にアトリエ開設
西麻布に直営店開店
1978 店舗を原宿(神宮前)に移転
1998 店舗を千駄ヶ谷に移転
2004 2号店として千駄ヶ谷5丁目店開店

 革は無い、職人はいない・・・・・・・国産化は諦めるしかないか、との思いが
よぎった頃、自分達と同世代の若いレザークラフト工芸家と、研究熱心な
鞣槽技術者と出会ったのだ。
我々は古い文献を探し回り、戦前の茶利ダイコ(注;革用の太鼓状の鞣し道具)の
復元から始めた。  スチームの扱い方に苦労し、圧力の加減に苦心し、加える
オイルの混合比に頭を悩ませた。
  ─失敗の連続だった。 <今、中島みゆきの歌が頭の中で聞こえている>

 染色も今でこそ、数枚(2〜3頭分)で回せるミニダイコがあるが、当時のタイコは
一回の生産単位が30枚(15頭分)であった。 即ち、期待していたような革が
染め上がらなくても、それが30枚もある。  価格にすると100万円近くになる。
棄てるわけにはいかない。  巾3センチのベルトで裁断すると1200本取れて
しまう。2,5センチのベルトなら1500本だ。  売りに行くしかない。
ひたすら営業した。そしてそんな革が毎月作り出された。ひたすら営業した。
──当時ご協力いただいたジーンズShopやメンズShopなど全国の小売店の
皆様、この場を借りて、改めて御礼申し上げます。

 約3年かかってようやく思っているような革が出来上がった。 

『FREE HANDのオイルレザー』

☆オイルレザーの魅力を是非ご覧ください☆

苦労して出来た革、長く使って頂ける素材だからこそ、FREE HANDでは
「良い鞄=長く使える丈夫な鞄」 という視点で考え、製作しています。

フリーハンドのバッグは、オイルレザーをいかに安くお頒け出来るかを考えて、また在庫リスクを負わない為10〜15本の限定で製作しています。ただ、必要な時に必要な物が無いとのお客様の要望から、K型シリーズを用意しています。
K型は、時期又はカラーなどの点から、少しお待ちして頂く事もありますが、いつでもご注文をお受けできます。さらにお客様のご希望で仕様の変更もできます。
−K型−
K型シリーズは商品としての意識は無く、壊れない物を作りたいとの想いから始まったシリーズです。その為、「できるだけ革だけで作りたい、ゆるされる限り手縫いをしたい」と考えています。
レザー小物からスタートしたK型シリーズですが、現在はレザーバッグにもアイテムを広げ、お客様にお応えしようと考えています。長い間お使い下さい。修理も可能です。(K型以外のシリーズの一部に修理出来ない物も有ります。 ご承知置き下さい。)
 E-mailshop@freehand-bag.jp

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